その人と出会ったのは、町はずれの防波堤。
普段着に帽子、首にタオルを捲いて、手には一本の棒を持っていた。
「お母さん、どちらに行かれるんですか?」
男木島をぶらぶら数時間。なかなか人に会えず、
人恋しくなっていた私たち4人は、つい気軽に声をかけてしまった。
「釣りに行くんよ」
釣りという言葉とお母さんの姿がかけ離れていたせいか、
別れた後も、私たちは少しだけ、お母さんのことが気になっていた。
しばらくしてその場に戻り、防波堤の方を見ると、
防波堤の下、海の際に座った誰かが、私たちに向かって手を振っている。
「あっ、さっきのお母さんだ!」
本当に釣りをしていた。
思わず防波堤の上から声をかけた。
島めぐりメンバーの一人が、お母さんの元に駆け寄る。
「釣りする?」
隣に座った彼女に、お母さんは、糸を結んだ一本の棒を渡した。
すでにお母さんは、メバルを一匹釣っていた。
今晩のおかずにするらしい。
「岩の間にたらしたらいいんよ」
ふと見るとお母さんの手には、糸巻きが。
私たちに竿代わりの棒を貸してくれたので、
お母さんは糸で釣り。たれた糸の先には、餌になるエビがついている。
気がつくと、他のメンバー2人もお母さんの隣に座っていた。
みんな一緒に糸の先を見ていた。
そんな4人の背中を防波堤の上から一人で眺めていると、
いま世界には、私たち5人しかいないんじゃないか、と思ってしまった。
見えるのは、空と海。聞こえるのは、波の音。
海は広いとか、空は青いとか、当たり前のことが、なんだかとっても愛おしかった。
5人だけが共有する、いまこの時間がとても素敵に思えた…。
あれから一ヶ月…。
島を訪れた日が遠くなれば遠くなるほど、
なぜか島で過ごした時間は過ぎ去ることなく、
まるで雪のように、しんしんと心に降り積もり続けている。
「お母さん、今日も晩ご飯、釣ってるかなぁ…..」
文:山本政子 イラスト:澁川順子