小豆島自然工房56の匙

天達さんに初めて出会ったのは去年の夏。
森の小動物のような大きな綺麗な瞳と、
草原の獣のような精悍さを併せ持つ男でした。

カヤックのガイドをしていた女の子が、
「この人に作ってもらったの」と言って、すべすべした木の匙を見せてくれました。
はっとするような魅力がありました。艶やかに木目が活きた表面の滑らかさと、不均整な柔らかな丸み。
柄のところにつけられた、皮の飾り紐とラピスラズリの調和した色合いにも惹かれました。
「僕もこれを作ってもらった」と、部屋の隅でむっつりとしていた武骨な男が、
自分の長髪からすっと引き抜いて、見事な一本差しのかんざしを見せてくれました。
木肌にペリドットの埋め込まれた丁寧な細工で、やはり目を奪うような力がありました。

「小豆島自然工房56」というところで作っているというので、
作るところを見せてもらうことにしました。

小豆島の池田から中山に向かう登り道の途中に、立ち入り禁止の札と鉄柵が立っています。
そこで天達さんが作業しているというので、(許可をとった上で)鉄柵をのけて進入すると、
かつて動物園だったという跡地に、錆び付いた檻の残骸、プレハブ小屋の廃墟が
緑の蔦に覆われて、そちこちで痛ましい屍をさらしています。
その先を登りつめたところにある木の作業小屋に、彼はいました。

工房17

「オリーブの木は硬くて、削るのにとても時間がかかりますが、最後には
とても優しい形と手触りになることで応えてくれる」と彼は言います。
「自然界には直線は存在しない。僕は曲線を曲線のまま大切にしたいのです」という
彼の低く柔らかな声の響きにも円やかさがありました。

工房4

できあがった匙(とその他)たちです。表面をオリーブオイルで丁寧に磨き上げます。
しかも仕上げには最高級のエキストラバージンオリーブオイルを使うといいます。

触れてみると、見た目の艶やかさを裏切らない手触りの滑らかさ。そこまでは当然としても、
曲面のしなやかさが、硬いのに柔らかさを感じさせる。冷たいのにぬくもりを感じさせる。
こういったものにはなかなかお目にかかれるものではありません。

工房21

「ところで、味や香りを楽しむわけでもないのに、エキストラバージンオイルを使う必要ありますかね?」と尋ねると、
「やはり、手触りが違うと思うんですよね…そんな気がするんですよね」と大きな目を泳がせながら彼は言いました。