天達さんに初めて出会ったのは去年の夏。
森の小動物のような大きな綺麗な瞳と、
草原の獣のような精悍さを併せ持つ男でした。
カヤックのガイドをしていた女の子が、
「この人に作ってもらったの」と言って、すべすべした木の匙を見せてくれました。
はっとするような魅力がありました。艶やかに木目が活きた表面の滑らかさと、不均整な柔らかな丸み。
柄のところにつけられた、皮の飾り紐とラピスラズリの調和した色合いにも惹かれました。
「僕もこれを作ってもらった」と、部屋の隅でむっつりとしていた武骨な男が、
自分の長髪からすっと引き抜いて、見事な一本差しのかんざしを見せてくれました。
木肌にペリドットの埋め込まれた丁寧な細工で、やはり目を奪うような力がありました。
「小豆島自然工房56」というところで作っているというので、
作るところを見せてもらうことにしました。
小豆島の池田から中山に向かう登り道の途中に、立ち入り禁止の札と鉄柵が立っています。
そこで天達さんが作業しているというので、(許可をとった上で)鉄柵をのけて進入すると、
かつて動物園だったという跡地に、錆び付いた檻の残骸、プレハブ小屋の廃墟が
緑の蔦に覆われて、そちこちで痛ましい屍をさらしています。
その先を登りつめたところにある木の作業小屋に、彼はいました。
「オリーブの木は硬くて、削るのにとても時間がかかりますが、最後には
とても優しい形と手触りになることで応えてくれる」と彼は言います。
「自然界には直線は存在しない。僕は曲線を曲線のまま大切にしたいのです」という
彼の低く柔らかな声の響きにも円やかさがありました。
できあがった匙(とその他)たちです。表面をオリーブオイルで丁寧に磨き上げます。
しかも仕上げには最高級のエキストラバージンオリーブオイルを使うといいます。
触れてみると、見た目の艶やかさを裏切らない手触りの滑らかさ。そこまでは当然としても、
曲面のしなやかさが、硬いのに柔らかさを感じさせる。冷たいのにぬくもりを感じさせる。
こういったものにはなかなかお目にかかれるものではありません。
「ところで、味や香りを楽しむわけでもないのに、エキストラバージンオイルを使う必要ありますかね?」と尋ねると、
「やはり、手触りが違うと思うんですよね…そんな気がするんですよね」と大きな目を泳がせながら彼は言いました。