(始めに断っておきますが、この話のオチは、前回と同じです。)
犬島美術館がとにかく凄いと聞いて、私は小豆島から豊島を経由して犬島に降り立つ。
そうして白い折り畳み自転車、ダホンのボードウォークを組み立てて走りだす。
海岸のすぐ前は広々とした芝生、たちどころに美術館に着く。そもそも目の前なのだ。
美術館とは、銅の精練所の廃墟だ。表面がどす黒く熔けてささくれだった煉瓦の集積が、
悲痛さよりむしろ美しさを強く纏った、凄まじい存在感で迫ってくる。
興奮して構内を自転車で走り回っていると、たちどころに係員が飛んできた。
「美術館の敷地内ではですね、自転車はですね」
そもそも禁止なのだ。
追い出されはしたが、島全体を見て回るという楽しみがある。
しかし、小さい島をひと廻りするのにそう時間はかからなかった。
歩くのとさほど変わらない。私は認めざるをえない。
この島に無理して自転車で来る必要はなかったということを。
それでも、それを逆手にとってギャグにすることはできるはずだ。
自転車があってもしょうがないじゃないかの島、犬島。これだ。
面白い文になるという確信が生まれ、私は鬼神のような勢いで原稿を書き上げた。
そして瓦町の事務所の扉を蹴破り、編集長の机に原稿を投げ出した。
「どうですか、この文章は・・・」
編集長は無言で私と原稿を見比べ、やがて原稿を手に取ると、
瞳をベンガル山猫のように光らせ、食い入るようにして文章に目を走らせた。
そしてホウと息をつくと、得心がいったという風に、大きくうなずいて言った。
「もっと広い島でいきましょうか。広島なんかどうですか。」